コラム

 公開日: 2015-04-13 

資料によって異なる対訳 なぜ起こる? 色彩編(2)

色彩編(1)からの続きです。
前回、色相と彩度について検討しました。残っているのは以下の6つの英単語です。

  brightness:明度、輝度、光度
  intensity:明度、輝度、光度
  lightness:明度
  luminance:輝度
  luminosity:明度、光度
  value:明度

【調査結果と考察】
■明度
マンセルの明度は、valueです。
これを洋書で調べると、たとえば Value indicates the lightness of a color(Munsell COLOR)などと説明されています。

HSVの色空間ではhue(色相)、saturation(彩度)、value(明度)の頭文字を取っているので明度はvalue。
HSL/HLSも色相と彩度はhueとsaturationですが、明度はlightnessです。
類似のHSB系では色相と彩度が同じで、明度はbrightness。
いずれも(ある意味で)RGBに代わるもののようで、デジタル画像の世界で多く見かけます。

また、WikipediaのHSL and HSVという項に、perceived luminanceをデジタルで表現するのは困難で、これを解決するためにHSLとHSVまたはHSBという2つのシステムができたというようなことが書かれています。
一緒に掲載された画像も含めて判断するかぎり、lightnessとvalueは異なります。

さらに、luminosityについて。
百科事典では、明度は次のように説明されています。

---
明度 lightness  『世界大百科事典 第2版』
物体面(物体色)の明るさを表すためのものであるが,一定の照明の下では白色の面がいちばん明るく見えるという性質があるため,それを基準にしていい表している。反射率100%の白色面の明度を10とすれば,種々の物体面の明度は0から10の値をとることになる。明度が1と2の面の明るさの差と,明度が3と4の面の明るさの差とは同じというように,明度は心理的な明るさの大きさを表すものとされている。

明度 luminosity  『ブリタニカ国際大百科事典』
色の心理的感覚のうちで明るさを表わすもの。物体の表面の色は照明光のなかから表面で吸収された色光を除いた残りの反射光が呈する色であるから,表面光では明度は視感反射率に対応する。視感反射率は眼の感じる明るさが色 (光の波長) によって変ることを考慮にいれた反射率で,CIE表色系では明るさを表わす量として用いられるが,心理的な明るさに比例しない。
---

lightnessは「心理的な明るさの大きさを表す」、luminosityは「心理的な明るさに比例しない」など、明らかに示しているものが異なりますね。
英語での定義や説明については、Google Books
 luminosity CIE
 lightness value color
などの検索をすれば、簡単に拾うことができます。

★考察★
色相と彩度以上に、「明度」で表現される内容には幅があるようです。

マンセルがhue, value, chromaの3つを使用したのに対し、他の海外研究者らの古い論文等には hue, lightness, saturation を三属性としているものがいくつか見られます。

日本のほうは、古い資料をさかのぼると大正6(1917)年の『師範学校図画教科書』に「色(色相、色の飽和、色の明度)」という章があり、1934年の「色彩測定に於けるオストワルドの方法について」(『日本数学物理学会誌』 8(12), 451-466)にも「色相、明度、飽和度」とあります。
文脈から考えて、これらの語が翻訳由来であることは間違いないと思います。

■輝度・光度
オンライン辞書でluminosityには明度の他に光度、brightnessには輝度と光度が対応しています。
Googleで確認してみましょう。
 luminosity 光度
出てくるのは天文学用語の光度ばかり。誤訳ではないですが色彩とは関係なさそうです。

もうひとつ。
 brightness 光度
・・・・・見つかりません。
brightnessに光度が対応するのは英辞郎なので、誤用の可能性もありますが、保留にします。

輝度はどうでしょうか。
 brightness 輝度
こちらはコンピューター関係で、輝度はディスプレイ画面の明るさを示すようです。
そして輝度には、他にluminanceという単語もありました。

brightnessとluminanceの2語を使ってGoogle Booksを検索すると、『Mine Environmental Engineering』、『The Resource Handbook of Electronics』、『Mechanical and Electrical Equipment for Buildings』などの書籍に定義の違いが出てきます。

残ったのは、intensityと明度、輝度、光度の組み合わせ。
明度については、HSBなどと同様のHSIという色空間のモデルがあり、「I」はintensityです。
これを明度としている資料が存在します。ただし、HSIについては「I」を輝度としている資料もありました。

※intensityの輝度と光度は、光の分野の用語として存在します。
調査の過程で、放射強度(radiant intensity)、光度(luminous intensity)との関連を含め、light intensityやphoton flux densityという表現について注意を促した資料にも出会いました。→光の単位

★考察★
intensityに「明度」は少々強引なようにも感じますが、こういう一部の例外を除けは、「輝度」と「光度」は色彩分野での使用は少ないように見受けられます。
HSV、HSL/HLS、HSB、HSIは、いずれも外国語圏から日本に入ってきたと思いますから、明度に対応する日本語が多い一因も、こうした語の翻訳に原因があるのかもしれませんね。

【結論】
色相、彩度、明度、光度、輝度。
今回は、これら5つの語を追いかけてみました。

色という対象をさまざまに数値化しようとする過程で、意味の異なる英単語が用いられてきたのに、日本語では少ない語に「集約」された経緯が透けて見えるような印象すら受けます。
これは化学分野で、link, couple, bindがいずれも「結合」になるのと似ていますね。

なお、以上の調査と考察は非常に限られた情報の中でのものですので、深く掘り下げていけば別の側面が見えてくる可能性は否めません。
あくまで、対訳のみが掲載された資料で異なる訳語が複数あるときに、「同じ分野ですらも」同音・同字異義語があり得るということを示すひとつの例として、とらえてもらえればと思います。

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資料によって異なる対訳 なぜ起こる? 色彩編(1)

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