コラム

 公開日: 2014-03-30  最終更新日: 2014-08-08

多言語翻訳の舞台裏(2)-多読

前回からの続きです。

よく、小説の翻訳を上手にこなすには、自分で小説を書ける必要があると言います。
書けるくらいの人のほうが、書けない人より上手に翻訳するケースが多いためで、村上春樹さんが、できている例の典型ですよね。

学生時代、彼の英語の成績は決して良くなかったようですが、自分の好きなジャンルの本を読んで読んで読んで、そしてご自身で書けるようになり、翻訳もなさっています。

同様に、特許翻訳の場合も、自分で明細書を書ける翻訳者とそうでない翻訳者では、どうしても品質に差が出やすいのは否めません。
必ずしも2つ(以上)の言語で書ける必要はないかもしれませんが、最低でも母語で書けることは重要な要素でしょう。

たとえば、特許請求の範囲という権利範囲を規定する部分。
「何を」「どのように」書くと好ましくて、何をすると審査官から拒絶されやすいか、知っているのといないのとで、訳が変わり得ます。

どのジャンルでも、事情はそれほど違わないと思います。
そして自分で書けるレベルにまで到達するには、多くの場合、絞り込みが必須。

対象ジャンルの文章に多く触れる必要があるわけですから、手を広げすぎるとうまくいきません。
仕事の中で読むことはもちろん、日頃から、どれだけ読んでいるかも重要でしょう。

私の場合、短大を卒業して特許事務所に入った年に、すでに相当数で読んでいました。
翻訳をしていたわけでも何でもないのですが、事務の仕事を覚える過程で興味を持ち、多読をしたからです。
フリーになって以降は、仕事の中でも、英語と日本語の明細書を相当に読んでいます。
事務所時代など、比較になりません。

事務所時代に読み始めた最初のうち、内容の良し悪しの区別がつかないどころか、「こんなの日本語ではない!」と思っていました。
でも、積み重ねるうちに、自然に、品質の区別までできるようになっています。

加えて、フリーの翻訳者としてわりと浅いうちに、発明者原稿から明細書を書き起こす仕事を受けていた時期が、3年ほどありました。
この3年で、相当に鍛えられています。

基礎となる出願をもとに、(発明の内容が変わらない範囲で)説明の順序を変えたり多少の補足をしたりということができるようになったのも、この頃です。
単純な翻訳とは明らかに性質を異にする作業で、翻訳というより、それぞれの国の要件に合わせて英語で明細書を書くというほうが近いと思います。

こうして「ひとつのジャンル」で多くの文章に繰り返し触れると、特に意識しなくても「型」は身につきます。
そうすると、言語が変わっても、アドバンテージになるのです。

特に産業翻訳の場合、翻訳対象が、非常に限られた語彙・表現に限定されるのが普通です。
感情表現や情景描写のあるジャンルとは、根本的に、性質が違います。

(上では「書ける翻訳者」の例に村上春樹さんをとりあげましたが、現実問題として、小説で複数の言語に対応するのは、困難かもしれません。)

いずれにしろ、

(1)対象のジャンルを絞り込む
そのジャンルの文章に多く触れて、
(2)「型」をつかむ
(3)自分でゼロから書けるレベルになる

ことで、言語面でのスキルを補うことが可能なのです。

■関連コラム記事
多言語翻訳の舞台裏(1)-絞り込み
多言語翻訳の舞台裏(3)-辞書はあとまわし
多言語翻訳の舞台裏(4)-文法事項
多言語翻訳の舞台裏(5)-発音は不要
多言語翻訳の舞台裏(6)-言語の仕組みをとらえる
多言語翻訳の舞台裏(7)-資料のレベル

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