コラム

2015-05-25

新たな挑戦を手記にしてみました(長文注意!)

3月に体験したことをごくごく一部の方に読んでいただいたのですが・・・
せっかくだから、恥ずかしいですが公開します。
ちょうど1年ほど前から始まった僕の新たな挑戦の中間発表です。駄文のため、登場される方の名誉を傷つけては
申し訳ないので、ほとんどをイニシャル表記にさせていただいております(汗)


         ~ひとりぼっちじゃない~
      しょっぱい男「松崎」の新たな挑戦4日間・・・

1・序章・・・ここから始まった
http://www.octjapan.jp/story_text/2014-05-27/1617.html

2014年5月、僕は失意のどん底から抜け出そうと何かを探し続けていた。そんな時に
「OCT」というサイトにたどり着いた・・・※Over Cancer Together
ただただ胸の内に溜まっているもやもやしたものを客観視できるようにしたくて、普段なら絶対しないだろうサイトへの投稿原稿を夢中で書いて送った。
・・・どうせ俺の書いた文章なんて誰も理解してくれないだろう・・・だって自分の会社の従業員にすら全く理解されなかった俺だもの・・・

採用されなくても、とにかく自分の気持ちを整理して形に残さなければ・・・
そんな気持ちだった。

そして、僕の書いた原稿はOCTのサイトに掲載された。
PCの画面から読む自分の原稿は、所々にイジけた気持ちがにじみ出ていて、読んでいて恥ずかしくなったが、同時に「こんな文章でも構わずに掲載してくれたんだ・・・」と嬉しい気持ちがわき出てきて、何だか気持ちが楽になったのと見る見るうちに「いいね!」が押されているのを見て「ひとりぼっち」じゃないんだと思えた。

これから書き連ねる話はここから始まった・・・

2・サバイバースピーキングセミナー応募

 その後も再発・治療・合併症と順調にがんは僕に「遊んでよ」と誘いかけてきて、2014年10月の治療では想定外の合併症を引き起こして長期の入院を余儀なくされ、年末に一時帰宅したものの2月まで入退院を繰り返していた。

 そんな中、サバイバースピーキングセミナーの案内があり「ぜひとも参加したい」と応募した。しかし、急激な体の変化で応募時に書いたエッセイは参加当日まで全然覚えていなかった(汗)長期に渡る入院ですべての予定がキャンセルになり、どんどん社会から置き去りにされているような、自分の居場所は病院しかないのか?と不安な状態の中で、何とか自分が立てる場所、何かを成し遂げたいという目標が欲しい一心で応募したことは良く覚えている。   そして・・・3月2日に参加OKという朗報が僕の所に届く・・・

3・OCTセミナー前夜   ~清志郎に勇気をもらう~




3月某日、OCTのサバイバースピーキングセミナーの前日・・・僕は新宿にいた。

小心者の僕は待ち合わせやイベントごとのある日には必ず早く到着するようにしている。そして今回のセミナーは僕にとって重要な意味を持つものだったので、(当日入りにしてもし電車が人身事故なんかで止まってしまったらどうしよう・・・)とか(当日入りだと行くまでに体力を消耗してしまい、大事な時に具合が悪くなってしまってはいけない・・・)などと考え、前日入りで万全を期すことにした。

しかし、今の東京都心は折からの外国人観光客ブームと春休みが重なってか?会場のある秋葉原周辺のホテルどころか23区内のホテルはどこも満室・・・

やっとのことで高級カプセルホテルなるちょっと設備の良いカプセルホテルが1人分だけ空いていて、そこに一泊することにした。

新宿にしたのは、我が心の師「忌野清志郎」さまの映画がまだ新宿で上映していることがわかっていたので、前日であるこの日にぜひとも観ておこうと思い新宿を選んだ。

ご存知の方も多いかと思うが、僕は高校受験の志望校を選ぶときに「忌野清志郎の後輩になりたい!」という理由だけで高校を選択した男だ。他に受験した高校も当時のロックスターの出身校ばかりを選び、後に教育関係の雑誌に「あまりに軽薄な志望校選びをする子ども」として取材を受けるようになる。

脱線するが、中学生でロックに目覚め中でも「忌野清志郎」さんに深く感銘を受けた僕は、師の出身校に入学し、師の歌の原風景に触れれば僕も忌野清志郎のようになれる!と結構本気で信じていた。
内申書が悪かった僕はその一念のみをモチベーションに試験をほぼパーフェクトで突破し、内申点が足りない分を補い、無事合格したが・・・

名曲「トランジスタラジオ」で描かれた屋上はカギがかけられており、入学早々高校生活に絶望した。(その後カギを破壊して屋上に出て、その風景を体験できただけで僕の高校生活はすべて達成されたため、その後はただひたすらバンド活動だけをやっていた)

高校の後輩になったら清志郎のようになれる!なんて妄想は27歳でバンドを解散するまで妄想し続けるが、そんなものは幻想でしかないのだったのだが、僕の人生で一番影響を受けたのは清志郎だったことはその後の人生でもとても役に立っている。

脱線が長くなりましたが、僕ががんになった時にいろいろとあわてて変な行動をしたりもしたが、何とか精神のバランスを保ち前向きに生きてこられたのは清志郎のおかげなのである。ガンと告知された時に(やったぜ、これで俺も清志郎と一緒のものが出来たじゃん!)なんて思う一瞬がなければ、きっとそのまま悲劇のヒーロー気取りでダメダメな人間になって早死にした事だろうと思う。

さて、生前の清志郎の様々な場面を集めたライブ映画が映画館で始まった
映画ではかなり昔のレアな映像が流れたりもしたが、僕は最初の場面から号泣していた。そして、今までだったら1ファンとしてレアな映像に歓喜していただろうに、全然違う視点で清志郎を観ている自分がいた。

1アーティストとしての清志郎ではなく、1人のがんサバイバーとしての清志郎の生き様として僕は清志郎を観ていた。そして「イマジン」の清志郎バージョンの歌詞「♪君ひとりじゃない、一人ぼっちじゃない、仲間がいるのさ」と繰り返されるフレーズに涙があふれた。

最初のがん治療から復活し「完全復活祭」として武道館で行われたライブの映像は何度も観てきたが、この日の僕にはその「凄さ」が本当に深く感じられた。
がんの治療を終えても落ちた体力や声量など、数々の困難があったと思うが、それを全く感じさせないで「いつものように」平然と歌う清志郎に「凄み」を感じて圧倒されると同時に(俺はここまで頑張っているのかよ!全然ダメじゃねえか!)弱っていく体にただ流されているだけの自分を恥じた。

そして、スクリーンの清志郎に励まされ、誓った。
「明日はとにかく積極的に学び、参加し、自分の思いを恥ずかしがらずに発表してきます。受け入れられなくても委縮せずに、自分がやりたいと思い応募したのだから、場違いだったとしてもあきらめずに挑戦します」と。

宿に帰ってもなかなか眠れず、自分が何を伝えたいのか、この機会を得てどうしていきたいのか?ずっと考えていた。

※一つ失敗したのは、ビジネスホテルと違って大浴場しかないため、腹からドレーンの管がぶら下がっている僕にはカプセルホテルは合わないということに朝気付かされた(汗)

4・セミナー当日




当日の朝、前述したとおり小心者の僕は10時開始なのにも関わらず会場のある秋葉原に7時半には到着していた・・・ここまでくれば後は歩いて会場入りすれば良いだけなので安心・・・ではなく、まずは会場の確認。間違って他の場所に行ってしまわぬように入念に確認した後は「アウェイ(地元以外)に弱い」自分を克服するために秋葉原の空気に少しでも慣れようと周辺を徘徊した。こうやって緊張を取り除かないと舞い上がってしまってだいたいうまいこと行かないのが45年間生きてきて学んだことだ。

そして、徘徊に疲れ始めた頃にやっと会場入りした。都会の建物は何だか僕には違和感があって入っていくのにえらい緊張するのは相変わらずだったが、こちとら前日に誓いを立てている以上雰囲気に呑まれるわけにはいかないぜ!とこわばった顔で会場入りした。

そして、僕にとっての大イベント「OCT サバイバースピーキングセミナー」は幕を開けたのであった。

会場には見たことがある方が何人かいらっしゃった。

前日にフェイスブックで友達申請させていただいたK田さん、日経の「がんと働く」をテーマにしたイベントで前にいらっしゃったW先生、OCTのイベントで発表されていたS水さん、おっとCNJのCSS講座を受講していた時に動画授業で教えてくださったK先生がいるじゃないか・・・あの僕にとってはハード極まりない課題を画面上でサラッと「今回はこの課題を提出してください」なんて言う先生だから、きっとドSの恐ろしい人に違いない・・・でも今日のおいらは積極的なんだぜ~、後でビビりながらも挨拶に行くから待ってろよ!などと強がっていたが、実は緊張しまくっていた(汗)

セミナーでは非常に役立つ講義が続き、合間にW先生と名刺交換もさせていただき、講義をしていただいたY先生にも名刺交換とお話をさせていもらい、着々と小心者の僕にしては積極的な行動が出来ていた。そして、超どS(いつの間にか超までついているが)のK先生はわざわざ昼休みに僕に話しかけに来てくれ、僕のつたないレポートに強烈なダメ出しをしにきたのかとビビる僕が拍子抜けしてしまうくらいフレンドリーに話してくれて、全く「先入観」というのは良くないものだと私に教えてくださった。

同じグループになった参加者の方々も非常にフレンドリーかつ積極的な方ばかりで、適度な緊張感と「学び」の喜びが心地よいまま時間が過ぎて行った。

そして、前夜に誓った通りに、セミナーのプログラム内でのグループ代表で一人発表する時に、今までしたことのない「自分から立候補して発表する」という大きなハードルを自分に課していた。

グループワークでは、自分の論点整理、誰に向けて何を伝えるのか?が全然整理がつかなかったが、グループについてくれたのがK先生であったことが幸いして、いろいろと相談することが出来た。そして、1対1でのお互いに話をし、聞くというプログラムではペアを組んでくれた長谷川さんのお話を聞くことが出来て、その良い所を瞬時に自分に取り入れる(パクる)事に成功して、心地よい緊張感の中で妙に開き直った気持ちで(うまく発表出来なくても良いから目標の立候補することだけはしよう)と思えるようになった自分がいた。

いよいよ「グループ内発表者を選んでください。選出方法はグループ内で自由です。」と言われ、グループ内に独特の緊張感が漂った。

そして、「発表したい人?」といよいよ立候補する時が来た・・・

ものすごい緊張感が僕を襲ってきて、このまま黙ってやりすごそうかと一瞬思ったが、  今日の僕は一味違っていた。背中を押してくれたのはもちろん「忌野清志郎」、ここで手を挙げなければ一生後悔と自己嫌悪に陥ると思い、だけど何かあまりに「俺が俺が!」と主張するのはカッコ悪いかな?などと小心者の自分も出てきて小さな声で
「・・・せっかくだから・・・」と遠慮しつつ手を挙げた自分がいた。本当に「しょっぱい男だな、俺」と思いながら・・・

同じグループ内で僕とKさんの手が挙がり、グループ内で「さてどないしましょうか?」という空気が漂い始める。Kさんは場馴れしていらっしゃるようなので、ダチョウ倶楽部のように「どうぞどうぞ」と言ってしまいたい僕がいた。

しかし、今日の僕は清志郎に誓ってきているので、「どうぞどうぞ」だけはしてはいけない事。ダチョウ倶楽部の誘惑に負けてはいけないので、ただ黙って(どうぞ皆さん決めてください。よろしかったら僕にチャンスをください。)と願うだけだった。

一緒に手を挙げたKさんに僕の願いが通じたのか、Kさんから素晴らしい提案が出される。「じゃあ、お互いにグループ内で発表してみよう」ありがたい提案だった。
これで、とにもかくにも「複数の人の前で自分が発表する」事は最低限達成できる!Kさんナイス!と心の中でお礼を言った。

グループ内での発表・・・
正直無我夢中で何をどう話したのか良く覚えていない。僕はまだがんになっていない方を前にした想定で
「あわてるな、そんな急には 死にましぇーん」
というキャッチフレーズを急きょ作成して、僕自身ががんになってあわてて行動することで、後から困ったことを中心にもしがんになっても僕のようにあわてないで行動してほしい・・・という思いを主題に話した。・・・つもりである。かなり舞い上がっていたので、それが聞いてくれたグループの方たちに伝わったかどうかは自信がない。ただ、お涙ちょうだいではなく、軽いノリであえて話すように(というかそれしか出来ない??)して、少しでも身近に感じてくれたらという気持ちで話した。しかし、5分間という時間にそのエッセンスをちりばめながらメッセージを伝えるという事の難しさが人前で話すことで学べたことだ。それが学べただけでも十分だったと思う。

僕に続いてKさんの発表があり、いよいよどちらが発表するか?という段階に来た。グループ内で発表出来た。僕はもう十分達成感を感じていたが、出来る事ならみんなの前で発表したいと思っていた。しかし選ぶのは審査員でもあるグループのメンバーですから、あとはもう「まな板の上」やるだけやったからどうぞどちらか選んでください。という心境だった。・・・一瞬の沈黙の後、誰からともなく「では、じゃんけんで」という選出方法が決定した。

・・・タイトルにある通り僕は「しょっぱい男」である。・・・

いつも最後の一歩で躓く男。このエピソードを上げ始めると本がかけるくらいなので、割愛するが、がんになって手術をして「治った」と思ったら再発、治療が無事に終わったと思うと「合併症」、あげくには宝くじには当たらないのに昨年には「日本で症例を見たことがない」というある意味大当たりな合併症で死にかける・・・というマイナスの想定外ばかりおこる男だ。そんなしょっぱい男にじゃんけんで選出するなんて・・・結果は想像通りの負け・・・
「俺のしょっぱい男伝説に新たな1ページが刻まれたぜ!」と喜ぶことにしよう。

じゃんけんに敗退した後、グループのKさんから「面白かった、高田純次さんみたい」と言っていただき、密かに高田純次さんにあこがれている僕は素直に「嬉しい気持ち」でいっぱいとなって、調子に乗って「キャッチフレーズの、あわてるな そんな急には 死にましぇーん は綾小路きみまろ師匠の真似ですわ」と自分のオリジナリティーのなさを全部バラしていたのであった・・・

セミナーが終わり、その後の懇親会では様々な方々といろいろとお話しさせていただき、非常に有意義な時間を過ごすことが出来た。

このセミナーに参加するために入院の日程を調整して、薬の量も調整してきた僕は、本当にこのイベントに参加出来たことが今までの自分と違う自分のスタートとなった。

入院する前に何かに挑戦して、合併症で戻れなくなっても後悔しないように何かを自分に残そう・・・という思いで参加して、しかもじゃんけんで負けるという「しょっぱい結果」になったことは当然というか必然だったのだと思う。なぜなら、このしょっぱい結果のおかげで、セミナー後の入院に目標が出来たからだ。そう僕にとっての今回のセミナーはこれで終わりではなく、ここから始まるのだ。新たな目標が出来たので、入院しても絶対に生還して新たな挑戦をもっと続けていきたいと今思っている。

その僕の新たな目標を「もう一つのOCT」というキャッチフレーズにしてこのだらだら長い文章を締めたいと思う。そのキャッチフレーズは・・・
       O・・・OREGA(俺が)
C・・・CENTER(センター)
       T・・・TOMORROW(明日(今度)こそは)
また挑戦するチャンスがあるなら、俺がセンター 明日こそ!と思い自分を磨いていこ
うと思う。

入退院を繰り返していると、社会に参加出来ていると実感する機会がどんどん減っていき
社会の隅に追いやられているような悲観的な感情が良く芽生える。だけど、明日こそは
センター(社会の中)で俺も活動するんだ!という夢、目標を持って今週から始まる
終わりなき治療に向かっていこうと思う。

このセミナーに参加して、冒頭紹介した清志郎の「イマジン」清志郎バージョンの歌詞
「♪一人ぼっちじゃない、仲間がいるのさ、君ひとりじゃない」というフレーズが今
でもずっと流れている。そう思わせてくれたOCTセミナーに感謝します。


エピローグ・・・僕にとっての、このイベントの終わりの始まり




サバイバースピーキングセミナーの次の日、僕は心地よい疲れと体力の回復のために一日
安静にしていた。しかし、この物語を終わらせ、そして新たなスタートにするためには
どうしてもやっておかなければならないことがあった・・・

一日休養して3月30日、僕はこの充実した日々を過ごすことが出来た事を報告しに
忌野清志郎が眠る霊園に行った。

がんになって以来、再発・治療、仕事をあきらめたり、ひどい仕打ちにあったり、様々な
事があるたびに僕はここに足を運ぶ。

今回は初めて良い報告が出来た。「清志郎さん、本当に一人ぼっちじゃないですね」と。
                    長々と失礼しました。  続く

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